Did you know that?

田中寿美
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33.アメリカ学生歌舞伎が伝えてくれたもの(後半)

鬘作りも大変な仕事の一つであった。鬘は日本髪、ちょん髷を含め17個が必要だった。日本髪の鬘など高くて買えるものではない。安く鬘を作る技術は、過去の学生歌舞伎でも作ったので、基本的なことをBobbyに教えれば、学生アシスタントたちと作ることができるだろうと思った。日本で売っているお坊さんや侍のゴム製鬘にポリエステルの髪の毛を縫いつけ、処理の難しい部分は接着剤で着けた後結い上げていく。しかし、本物の日本髪を見たことのない人に頼むのが所詮無理であった。本を見ながら作った鬘は、どんぐり頭で西洋風結い上げ……。首から頭のてっぺんまでが瓜のように細長くなってしまった。出来上がっていた花魁の鬘の大部分を私が作り直すことになった。

Bobbyが作った鬘(舞台稽古) 作り直した鬘(初日)
Bobbyが作った鬘(舞台稽古):Kelsey 作り直した鬘(初日):Bryn & Kelsey

私がもっとも感心したことは、このアメリカ人の学生たちの態度であった。初めて挑む日本の、それも古典の動き、振る舞い、踊り、細かい作法に至るまで、皆熱心に学ぼうとした。夫や私が指摘する些細な動きも、すぐに言われたようにやってみる。指摘されたことには、必ず「Thank you, Toshimi!」というお礼の言葉が返ってくる。できない場合には何度も練習する。

アメリカ人の一般的イメージとして、個人主義、自己主張が強い、我儘など、集団でものを作り上げる時の印象は決してよいものではない。しかし、夫も私も、彼らから一言の不満も愚痴も聞かなかった。真っ白いおしろいを塗ることも、鬘をかぶることも、特に花魁の衣装を着ての立ち居振る舞いの難しさ、また板の上に長時間正座していることも大変な苦痛だったと思う。彼らは正座の状態から立ち上がるとき、手を帯の下に置いたまま(花魁の作法)、背筋をピンと伸ばし、スーッと垂直に何の問題もないかのように立った。

着物をできるだけ汚さないようすることも、私の懸念の一つであった。古着と言っても、私のそれぞれの着物に対する思いは深く、愛着もあった。通常アメリカの舞台は汚い。埃を掃き払うことはあっても、舞台を濡れたモップや雑巾で『きれいに拭き清める』という概念や習慣がない。花魁の着物で舞台に上がれば、足袋と裾引きの部分で床拭きをするのも同然である。

顔、首、襟足、手から腕にかけつける白粉もあって、公演が終わるころには、着物は目も当てられないほど汚れ、使い物にならないかもしれないと半分諦めていた。着物が汚れない工夫は、私なりに下着、襟、襦袢、裾よけ、着物の裏地などを作り工夫したが、着せてしまった後は彼らの責任に任せるしかない。驚いたことに、彼らは、着付けてもらった後は殆ど座らない。立っている場合必ず裾を絡げている。舞台は毎回きれいに拭きあげられ、特別な場合以外、下足は禁止された。皆が最善の注意を払い、舞台や着物に対し敬意をはらってくれた。全ての公演が終わっても着物は殆ど汚れていなかった。感心すると共に頭が下がる思いであった。

オレゴン州の州庁所在地であるSalemの人口は15万人、近郊を含め人口約38万の都市である。このWillamette Universityは、オレゴンばかりでなくカリフォルニアやワシントン州からも優秀な学生が集まる文系の私立大学である。

演劇学部は、将来の俳優や演劇、映像関係の卵を育てている。また、この地方の文化的役割を担い、年に3回ある学生たちの公演を多くの住民が楽しんでいる。学生といっても将来プロを目指す学生である。演劇だけではない、ダンス、バレー、歌など、小さいころから訓練を受けてきた技術に磨きをかける。大学側も年間多くの客員教授、プロの演劇関係者を招聘し、技術指導や講演によって学生たちの演技力や感性を高めていく。4年間で彼らが学ぶことは果てしなく多い。

アメリカは、殆どの大学に演劇学部、音楽学部があり、ダンス学部さえある大学がある。シェークスピア、古典、現代劇、ミュージカル、コンサート、オペラ、バレー、モダンダンスなど、セミプロの実力を持って、各学部や学部合同で年間いくつもの公演を行う。これらは一般公開され、*料金も安い為、多くの住民が楽しみながら彼らが大きく羽ばたくことを夢み支えている。

アメリカには、現在約2300の4年制大学、短期大学が1700程あり、それぞれの大学の学生たちが地方の文化、芸術供給の大きな役割を果たしていると言える。又、大学の劇場は、プロの演劇、音楽関係の公演に使われることも多く、公営劇場がない地方の小さな街でも大学がその役割を果たすことになる。

この地方では、12ドルぐらいが相場。シニアーや学生料金は10ドル前後。スターバックスのコーヒー二杯分?

Amandaは、4年生でこの学部のリーダーであった。自分も花魁役で化粧もし衣装も着なければならない。しかし、全員の健康状態から本番前のあらゆるところに気を遣い、私が衣装を着せ始めると時間の許す限り着付けの補助役に回る。彼女は大学卒業後、カリフォルニアの最も優れた演劇の大学院に進むことが決まっている。どうして大学院に進むのかを聞いたところ、
「秀でた特別の才能がある、あるいは偶然の大幸運が舞い込めば別だけれど、私のように演劇を目指す人の数は計り知れないほどいる。でも、アメリカの演劇、映像関係では、大学や大学院で演劇を学んだ人を尊重するし、オーディションにも受かりやすいの。これからいろいろなオーディションを受け女優になるのが夢だけれど、もし大きなチャンスがなくても、学位を持っていれば大学で教え、小さな舞台に立ち続けることも楽しい人生かもしれない。もちろんチャンスをつかむ為の努力は惜しまないわ」


恋焦がれる『蛍火』に初めて会い、震える手で酒を飲む大名に扮した『猿源氏』。
花魁の『薄雲』を演じるリーダーのAmanda(右端)と猿源氏の父親役Britt。舞台上では、長い時間板の上に正座しなければならなかった。 写真:Dale Peterson

歴史の浅いアメリカの文化や演劇は、映画やブロードウェイ以外、日本やアジア、ヨーロッパなどの長い歴史の中で培われてきたものと比べると及ばないかもしれない。アメリカで公演されるシェークスピアやこの歌舞伎だって真似事のようなものかもしれない。しかし、それらを作る人、演じる人々の意欲や熱意、そして、それらを観る人々の感動や喜びには歴史も国も民族も関係ない。

公演は、4月15日に始まり5月2日に終った。多くの人たちから、
「もう一度観たい。どうしてもっと長く公演を続けないの」
「アメリカ中を公演して廻ってはどうですか」

私の80歳になる友人の一言。
「Toshimi、この『鰯売り』は、私が今まで見た演劇の中で一番素晴らしく、楽しかった。このような劇を観ることができてとても幸せに思った。本当にありがとう!」

私は思わず涙ぐんでしまった。

出演者27名、裏方を入れると総勢50数名の働きがあってできた学生歌舞伎『鰯売り恋の引網』。これらの言葉に、多くの苦労が報われた思いであった。

大学の演劇学部では、公演に関してはいろいろな規則があった。公演直前の準備時間は最長2時間。化粧は皆が事前に指導を受け練習していた。当日は、自分でできる範囲の化粧は自分でし、首、背中、腕などの部分は互いに手伝い合う。全ての衣装着付けの責任は私に任され、アシスタントにアメリカ人学生2人と日本人留学生1人がつけられた。浴衣さえ着たことがないアシスタントたちである。皆が化粧をしている間に、前座で日本舞踊を踊る6人の男性と4人の女性、その他早めに化粧の仕上がった男性役を着せる。 残り1時間20分……。6人の花魁それに禿役のJulia、主役の鰯売りの8人を着せなければならない。1人約10分しかない!!楽屋裏は毎回戦場のようであった。私は、
『公演なのに、このような短い時間でこれ程大人数に、細かな気を遣わなければならない着物の着付けは決してできない!』

と言わなかったのを何度も後悔した。しかし、舞台稽古を通して、アシスタントに手伝える範囲の基本的なことを教えどうにかできてしまえば、誰も無理だと思わないものである。結局2時間で、全員が化粧をし、着物を着たことになる。第一幕中に4人、幕間の15分で4人を着替えさせる仕事もあった。短期間にいろいろ習ったアシスタントも素晴らしかった。公演中、着付けが間に合わなかったことはない。しかし、毎回気が狂いそうだった……。

この歌舞伎の製作を通して私は、学生たちのチャレンジ精神、学ぶ意欲、忍耐力に感服し、公演中には、彼らの素晴らしい演技に何度も感動を覚えた。一緒に歌舞伎を作り上げたこの喜びは、『お金を出しても買えるものではない!』とさえ思った。

しかしその後、私は疲労困憊し風邪をひき、『肺炎』のおまけまでもらった!!


大名にもてなしの舞踊を披露する花魁。左よりBryn, Kristen, Kelsey, Amanda右端が女形のJustin。
嘆きあう二人 義太夫三味線のプロのミュージシャンMitch Iimori氏と英語の義太夫語りの二人
お互いの思いが食い違い嘆きあう二人。Olivia & Aaron
写真:Dale Peterson
義太夫三味線のプロのミュージシャンMitch Iimori氏と英語の義太夫語りの二人。Ali &Victoria Bobbyは、主役の着物のほか、このような袴と裃も上手に作った。
 

蛍火猿源氏 美しい『蛍火』と愛嬌ある『猿源氏』。後ろの襖絵は、学生のSarah L.の作品である。彼女は日本の美術作品を調べられるだけ調べ、最終的に尾形光琳の「杜若」に魅了され、この絵を描いた。写真-左:Dale Peterson

恋が見事に実って遊郭を去る『猿源氏』と『蛍火』。写真:Dale Peterson


素顔の主役たち/千秋楽後のパーティにて:
前列左よりVictoria, Amanda, Olivia, Justin, Bryn, Britt, Aaron, Sarah L. 後列左から4人目がKelsey
2010年7月5日号
(第4巻162号)