岩坂彰の部屋

第23回 『翻訳通信』100号記念 山岡洋一さんインタビュー(上)

岩坂彰
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山岡洋一

今月は、翻訳家の山岡洋一さんにお話をうかがいます。

山岡洋一さんは、経済関係を中心にご活躍されている産業翻訳、出版翻訳の翻訳者です。日外アソシエーツから『翻訳とは何か―職業としての翻訳』という本を出されていますので、このコラムをお読みの翻訳学習者や出版関係者でも、お名前をご存じの方は多いのではないでしょうか。

山岡さんは『翻訳通信』というニューズレターを毎月発行されています。今月、この『翻訳通信』が100号を迎えるということで、この機会に、『翻訳通信』の目的や今後の展開についてお話しいただきました。

『翻訳通信』成立事情
翻訳とは何か-職業としての翻訳
山岡さんの『翻訳とは何か』(日外アソシエーツ、2001年) 翻訳を業としている者ならば、いちいちうなずける本です。

岩坂:山岡さんは『翻訳通信』を2002年から発行されていますが、まず最初に、こういったものを世に問おうと思われた、そのもともとの理由はどういったところにあったのか、そのあたりからお聞かせください。

山岡:実は2002年からというのは第2期のもので、第1期は90年代の初めからです。毎月ではなかったから、50何号だったかな。郵送で、何十人かに送っていました。始めた理由は単純な話で、要するに営業活動だったんですよ。お客さんになりそうなところに向けて。こういう者がいるとお客さんに思い出してもらえれば何だってよかったんですが、翻訳者がタオルとか送ってもおかしいじゃないですか。だから何か書いて送ろう、ということで何人かで始めたのが発端です。

もう一つは、言いたいことがあったんです。90年代というと、まだまだ翻訳調の縛りがきつくて、この単語をこう訳さないのはけしからん、というようなことがありました。出版翻訳よりも産業翻訳系のお客さんのほうがきつかった。そこで、例えばincludeという英語が「含む」とどう違うかということを分析して〔注1〕、「含む」と訳せと言わないでほしい、ということをお客さんに訴えたんです。

これらの分析は『英単語のあぶない常識』(ちくま新書)に収められている。

それと、もう一つ、いい翻訳とはどういうものかという、翻訳の評価基準のようなものをお客さんに訴えたいということもありました。

岩坂:ということは、最初は産業翻訳のクライアントにむけたものだった?

山岡:いえ、それはもちろん産業翻訳も出版翻訳も両方でした。ただ、私は産業翻訳の仕事から入りましたから、産業翻訳の仕事は安定していたんですけれども、出版翻訳を新しく開拓しようと出版社を回ってみますと、当時は、フィクションならともかく、ノンフィクションの翻訳は学者の肩書きのある人に依頼するもので、翻訳者には依頼しないという風潮が強かったわけです。ですから、何とかして出版に参入しようと、翻訳しか肩書きのない者でもできるよ、ということを示したいということがあって、出版社向けに力を入れました。そうやって毎月なり2ヵ月に1回なり送っていれば、ちゃんとやっているんだ、と見てもらえるようになりまして、何年かやっているうちに、出版社から仕事が入るようになりました。そういう意味では成功した、その役割は果たしたということは言えると思います。

翻訳通信
『翻訳通信』第2期第1号表紙。第2期の『翻訳通信』は、PDFファイルでウェブ上にアップロードされ、そのURLが購読者(現在は無料)にメルマガ形式で配布される。

そのうちにみんな、営業活動はもう必要ない、それよりも読者を開拓したいな、ということになりまして、2002年に今の形になりました。主旨としてはわりと似ているんですが、翻訳とはどういうもので、どう評価すべきかということを読者に分かってほしい、そういうことを考えて、第2期を始めました。

翻訳調とは何だったのか

岩坂:『翻訳通信』を拝見していますと、いわゆる「翻訳調」ということがよく取り上げられます。必ずしも翻訳調を全面否定されているわけではないように見受けられますが、そのことと、先ほど言われた「読者に翻訳をどう評価してもらうか」という問題意識は、どうつながるのでしょう。そのあたり、少しご説明いただけますか。

山岡:今思うのは、明治のはじめに確立した翻訳調というのは、ものすごく偉大な発明だったということです。日本語とは全然論理が違う、構造も違う、語彙も全く違うものを訳すことなど、ほとんど不可能だったと考えるべきです。

その方法が、明治のはじめに発明された。たとえば柳父章先生が指摘しているように、句読点などというものは翻訳でできたものです。それまでの日本語はえんえんと続いていた。私と同郷の野坂昭如が『火垂るの墓』で1ページずっと続くような文章を書いているけれども、あれは江戸時代の流れを汲んだものです。今、そんな小説を書ける人はめったにいないです。明治になって、sentenceという外来の概念がまずあって、そこから「文」というものを作った。いちばん基本の基本のところから始めた。翻訳の発明というのはそういうことで、これはものすごい奇跡的なことだったんです。

なぜそんなことをしたかというと、原文が何を言っているか分からなかったから。読んでも分からないということが大前提としてあって、分からないものを差し当たり日本語にしていこうとしたわけです。当時の日本は、欧米に追いつくために国策として近代化を必死でやった。当時の外国語教育、一般教育もそれを目指していた。翻訳者を育てる、翻訳書の読者を育てる。訳しておいて、それでみんなで議論して考えようという方向です。明治の半ばからはそういう状況でした。

たとえばsocietyとは何かが分からなかった。実態がなかったから分かるわけがない。それから100年経って実態ができてきて、社会が成熟してきて、理解ができる状態にかなり近づいています。当時と今とでは、まるで理解度が違います。ところが、その100年前に作られた方法がいまだに使われているんです。なぜそうだったが忘れられて。条件が変わっているにもかかわらず。

では、今の状態でどうしたらいいか。それは白紙の状態から考えればいい。理解できないことを前提にするのではなく、今は、理解できることを前提にするべきなんです。90年代にかなりそういう方向になって、2000年になってかなり読者が受け容れるようになってきました。翻訳にとっては、今は100年ぶりの大きなチャンスなんです。

岩坂:転換期ですね。

岩坂彰

山岡:転換期です。何でもできる。ほんとにいいものができれば、受け容れてもらえる。こんないい時代は100年間なかった。このチャンスをなんとかして生かそう、これは読者というより、翻訳者に向けて言いたいことです。岩坂さんも私と同じだと思うけど、私たちは論理を伝えたい。

岩坂:そうです。

山岡:今の翻訳書で論理が伝わるでしょうか。法律の翻訳は論理を伝えられるだろうか。哲学も、経済学も。無理じゃあないか。翻訳で論理を伝えることができるようになったら、日本語の論理性というものが変わってくる、そういう可能性があると思います。こんなチャンスはほんとにない。そういうことを訴えたいです。

岩坂:どんな翻訳がよい翻訳なのかを考えるうえでも、歴史的に翻訳調とは何だったのかという知識をまず持つことが出発点になる、ということですね。そういう意味で言うと、翻訳通信は本当によくわかる、なるほどと思えます。そして、成果が現れてきていると思います。

今後の翻訳通信
山岡洋一

岩坂:さて、今回100号を機に『翻訳通信』をリニューアルをされるとのことですが、これからどのような方向をお考えなのでしょうか。

山岡:いちばんやりたいのは新人の登竜門とすることです。いま翻訳というのは全体に厳しい状態です。とくにフィクション、エンターテインメントは。これは、簡単なことで、日本の作家のエンターテインメントが売れているから。80年代90年代は翻訳もののエンターテインメントが滅茶苦茶売れた。

岩坂:ミステリとかですね。

山岡:そう、そして日本の読者が育って、日本語で書くようになって、そうすると、翻訳が、日本語で書かれたものに負けるんんですよ。今は翻訳もののミステリは非常に厳しいです。ほとんど食べていけないくらいだそうです。産業翻訳も、安定している分野もあるのだけれども、非常に厳しくて。ずっと過去25年間翻訳者の教育をやってきたけれど、引き受けるのが難しくなってきました。教えた相手が生活ができないんだったら、心苦しいですし。生活できるようにするのが教える仕事だとしたら、それがものすごく難しくなってきています。

でも、考え方が変わる可能性は十分ある。翻訳を職業にしたいと思わない人も多いんじゃないかな。

岩坂:ああ、なるほど。

山岡:生活の基盤が安定していて、その上で、翻訳というもので何か表現したいという人が出てきてくれるとありがたいなと思っています。

そのとき、すぐに出版社に持っていってもなかなか採用してもらえません。昔の小説の同人誌のように、あそこに掲載されたら注目してもらえるよ、というふうになればいいなと思っています。質の高いものが掲載できれば、『翻訳通信』はけっこう読者に編集者が多いですから、注目してもらえるとは思います。

同時に載せたいのは、翻訳評論です。今はまともな翻訳批評がない。見たことがあるのは誤訳の指摘ばっかり。私はこれがすごく嫌いで、生理的に合わないんです。悪いけど。それで、ちゃんとした批評を『翻訳通信』で書く人がいないかな、と。

それから、もっと広く翻訳論、翻訳文化論ですね。日本では柳父章先生がずっと開拓してこられたんですが、柳父先生の翻訳論というのは、世界の中でも、時期から言っても内容から言っても突出していると私は思っています。今のtranslation studies〔注2〕というのは、だいたい欧米から来ているんですけど、あれが欧米で始まった頃には、すでに柳父先生が書いているんですよ。だから、translation studiesじゃなくて、いや、まあそっちでもいいんですけど、柳父先生の筋を受け継いでいく人が出てくるといいなと思っています。

translation studies 「翻訳学」とも訳される。『翻訳学入門』(ジェレミー・マンデイ、鳥飼玖美子監訳、みすず書房、2009)参照。たとえば第19回で紹介したような内容の翻訳理論など。

そういう方面でも発表の場になれば、というのが一つの大きな目標です。

(次号に続く)

2010年8月9日号
(第4巻165号)