岩坂彰の部屋

第24回 『翻訳通信』100号記念 山岡洋一さんインタビュー(下)

岩坂彰
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「翻訳通信」100号記念 関西セミナーのお知らせ

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まったく新しい翻訳を
山岡洋一さん

山岡:いちばん思うのは、今は、編集者も読者も、これまでの常識とまるで違うスタイル、10年前とは全然違う飜訳を受け容れるだろうということです。

私なんかは英文和訳と同じように考えて、そこから出発して、それをきれいな、ちゃんとした日本語にならないかなというふうに考える。でも、たとえばいきなり意味から考えるという経路がある。明らかにそのやり方でやっているという翻訳は、まだ出てきていないのではないかな。私の知る限りでは。

岩坂:報道の翻訳ではわりとそういうものがあるのではないでしょうか。日本語の記事を書く材料として、通信社の英文記事を使うというような。

山岡:あ、報道では比較的それに近いものがありますね。たしかにそうだ。でもね、肝心のところでは違いますよ、やっぱり。たとえば引用の言葉とかね。この間、バーナンキが議会証言で、私なんか笑っちゃうんだけれども、「unusually uncertain」〔注1〕と言って、「異例なほど不確実だ」というような訳し方をされているわけなのだけれども、これは意味から来ているのではなくて、明らかに「訳語」から来ている。オバマの演説などでも、ここ、というところになるとやはり「訳語」を使ってしまう。

岩坂:そうですねぇ(身につまされる)

山岡:そうでない、一般的なところでは、(報道ものなど)ホントに見事に翻訳している。意味から出発しているからです。ただ、あれが翻訳なのかな、とは思いますね。明治のはじめの翻案なんですよ。翻訳と翻案のようなものとは、やはり違う。翻訳では、原文にいかに忠実かということがものすごく大事なわけですから、そこを確保したうえで、翻案ではない、まったく違うスタイルの翻訳というのは、まだ出てきていないと、私は思います。出てきたら本当に面白いな。

若い人たちに言いたいのは、どうやったら今やっている人の翻訳に近づけるかなんてことを考えてくれるなよってことです。現役の翻訳者に追いつけ追い越せではなくて、今私たちがやっていることを完全に時代遅れにするような斬新なものを出してくれないかな。

そういうものは実験的だから、最初は『翻訳通信』のような場でやったほうが安全かな。それが受け容れられるようなら出版のほうへ。可能性は十分あると思います。もう、常識から外れたような、翻訳のスターが出てきてくれるとうれしいんだけれども。

岩坂:それは私も期待したいところです。

共同辞書サイトDictJuggler――学習としての辞書作り

岩坂:少し話が変わりますが、『翻訳通信』のサイトからは、DictJuggler.netという辞書サイトにリンクされていますよね。あれはとても便利なサイトで、私もよく利用させていただいてますが、どういうサイトなのでしょう。山岡さんが運営されているわけではないのですよね。

山岡洋一
DictJuggler.netのトップページ。「類語玉手箱」「飜訳訳語辞典」「経済・金融訳語辞典」「環境訳語辞典」をはじめ、ウェブ上の各種の辞書へのポータルとなっている。ページの下のほうには、アルクの英辞郎をはじめ、38ものサイトにつながる検索窓がある。

山岡:ええ、あれは昔からの知り合いの武舎広幸さんがやっておられるサイトです。類語玉手箱という藤本さんという翻訳者のものが最初で、それから私の翻訳訳語辞典、それから環境関係の辞典とか、集まってきたものです〔注2〕。もうちょっとあればいいんだけれども。

岩坂:あれは発展すればいいなと思いますので、読者の方でも協力したいという方はぜひ。

山岡:インターネットの辞書はいっぱいあるんですけれども、非常に気になるのは責任者がいない、編集者がいない、そういう形のものはあまり好きでなくて、誰かが責任を負って欲しいとうことがあります。

岩坂:飜訳訳語辞典というのは、どういうところから?

山岡:もともと翻訳学習用に作ったものなんです。その作成過程が、学習ということです。名訳とその原文を見ながら、いい訳があったら拾っていくというやり方です。

非常に不思議なんですが、ちゃんとやっている翻訳者ですら名訳を読んでいないんです。街のテニスクラブでテニスをやっている人はみんな必死になってウィンブルドンを見ている。サッカー少年はワールドカップを見ている。野球少年はプロ野球や大リーグを必ず見るのに、なぜか翻訳学習者は、名訳というものを読んだことがないという人が圧倒的に多くて、私には理解できません。遊びでもスポーツでも芸術でも、どんな分野でも、その分野で一番いいもの、一流のものを見るというのは、これはもう大原則ですから。翻訳の場合だったら一流の翻訳というのはいくらでもあって、原文と訳文が手に入る。見てみると面白いよ。ぜひみんなでやってほしい。で、これをやった成果があそこにあるんです。

辞書も、英語教育も、一般教育も、全部変えられる

これは、実はものすごく大きな話です。明治時代に翻訳を国策でやって、そのために教育体制も、辞書も作った。あの頃の考え方に従って辞書が作られ、英語教育がずっと行われてきたわけです。でも今、英語教育も変えることができるだろうし、翻訳の考え方も変えることができるだろうし、辞書なんて完全に変えることができると思う。本当は。そのへん、全部変えたい。変えることができる時期に来ている。ものすごく面白い時代になっています。英語教育だけでなくて、一般教育も、大学教育も。それには残念ながらものすごいお金がかかるけれども、お金がないから、ほそぼそと訴えているわけですが。

大学教育だって、変えられます。飜訳をすればいい。翻訳者は知っているけれども、翻訳というのはものすごい学習効果がある。飜訳をやっていれば、知識はどんどん入ってくる。翻訳者はお金をいただきながら勉強している、ということを今は翻訳者は秘密にしているけれども、これを社会に活かしていかない手はない。翻訳がいかに有利かを知ってほしいです。

飜訳学校だって、飜訳を教えるべきではないんです。もっと広く、一般教養をやればいい。

岩坂:私も飜訳学校で教えていた頃、ほとんど哲学の授業のようなことをやっていて、生徒が頭を抱えてましたけど。

山岡:それでいいんです。私も、常に、絶対分からないだろうというようなものばっかり使います。

今、飜訳が面白い時代

岩坂:話は尽きませんが、そろそろまとめなければいけません。このWEBマガジン出版翻訳の読者は、翻訳学習者、翻訳家、出版関係者などですが、こういったみなさんにぜひ言っておきたいということが、(もうすでにだいぶおっしゃっておられますが)ございましたら、お願いします。

サンフレア前にて

山岡:今、面白いよ翻訳は、ということです。こんなに可能性がいっぱいある時期はあんまりない。世の中全体で見ても、こんなときはそんなにない。みんなで活かしていければいいな。新しい今の時代に合ったものが出てきたらほんとに面白いな。当然過去の翻訳を読んでほしいけれども、それに追いつこうとするのでなくて。

私は、最初は出版翻訳に受け付けてもらえませんでした。そのとき思ったのは、大学の先生とまったく違うものを作ろうということでしたけれども、今なら、もっと、はるかに違うことができる。この機会を活かしてほしいな。そうすれば業界全体が元気になるんじゃないかな。

ミステリなんか、80年代90年代に比べて、今、アメリカで質が落ちているのだろうかというと、そうではないと思うんです。日本の作家の質は上がっています。日本の読者にとって今、日本のものがいいということなのかもしれません。けれども、質が違うわけですから。日本の作家にないものが必ず向こうに出てくる。だから翻訳をするわけで。日本のものと並行して売れるものができるはずです。これを見てくれ、読んでくれ、と言える人が出てきてほしいですね。

岩坂:マガジンの読者の中からそういう人が出てきてくれることを期待したいと思います。本日は元気の出る話をありがとうございました。

〔2010年7月26日 東京サン・フレア アカデミーにて〕

「翻訳通信」100号記念 関西セミナーのお知らせ

日時:2010年9月18日(土)午後1時50分~5時
場所:西宮市大学交流センター(西宮北口)
定員:50名 会費:200円
プログラム:

  • 講演:出版翻訳に広がる可能性(山岡洋一)
  • シンポジウム:これからの「翻訳教育」について考える~翻訳教育の目的と方法論
    指定討論者:藤濤文子(神戸大学)、田邊希久子(神戸女学院)、山岡洋一ほか
    司会:染谷泰正(関西大学)

※終了後に懇親会も予定されています。
※関西セミナーは関西IT研と「翻訳通信」編集部の合同主催です。
※詳細と参加申し込みはこちらまで。

なお、8月28日の東京セミナーは、申し込みが定員に達したため、締め切られました。

2010年8月16日号
(第4巻166号)